ブランドヒストリーVol.1
「MURASAKIno(ムラサキノ)」(前編)

梅雨入りした地域も増えてきましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。茉華(まつりか)では、これから不定期で、日本生まれ・日本育ちのコスメブランドが、一体どのようにして誕生し育まれたのか…現地を訪れ、取材した内容を「ブランドヒストリー」としてお伝えしていきたいと思います!
まず第一弾となるのが、国産紫根エキスをふんだんに使ったオーガニックコスメブランド「MURASAKIno(ムラサキノ)」。暖かくなった5月上旬、滋賀県は東近江市にある「MURASAKIno」の販売元「株式会社みんなの奥永源寺」さんへお邪魔してきました。




自然に恵まれた地、
しかし意外にも廃墟だらけ?!


鈴鹿10座と呼ばれる山あいの、奥へ奥へと進み、さらに山奥に「株式会社みんなの奥永源寺」はありました。古き良き里山といった風情の地ですから、さぞかし子どもたちの声で賑わっているのでは?と思いきや…あたりは閑散としていて、すれ違う人もないほどです。豊かな自然の中をさらに進むと、見えてきたのはがらんとした、ひとけのない多くの廃墟!
それもそのはず、この界隈は、いわゆる「限界集落」と呼ばれるほどに過疎化が進んでしまい、今や集落50軒のうち40軒が無人となっている土地。思いもよらない光景に驚きました。


木地師のふるさと、
奥永源寺地域へ。


まるで、時が止まってしまったようなこの土地にも、人々で賑わっていた時代があったはず…。「株式会社みんなの奥永源寺」代表の前川氏によると、この地域はかつて「木地師(きじし)」たちの里だったそうです。「木地師」とは、トチやブナ、ケヤキなど広葉樹の木を伐採して、お盆や「椀、こけしなどを作る職人たちのこと。
それを裏付けるように鎮座するのが、全国の木地師の祖神の本源「大皇器地祖神社(おおきみきぢそじんじゃ)」です。しかし、伐採する木々がなくなると「木地師」たちはこの地を離れ、新たな地を探すべく全国に散らばって行ったのだとか。思わず、自然に溢れ、歴史の趣を感じるこの土地の、在りし日の姿に思いを馳せてしまいました!


歴史と自然が息づくこの地を
未来に残すために・・


「歴史があり、自然に溢れたこの美しい地を次の世代に、未来に残していきたい−」
そう考えた前川氏は教員を辞め、東近江市の地域おこし協力隊に就任。そして着目したのが、日本で唯一「市の花」として花咲く「紫草(ムラサキ)」でした。東近江市の花である「紫草」は、古くは万葉集にも登場し、染料や薬草として使われるなど、日本人にとって身近な植物でした。しかしこの「紫草」、種の発芽率が低い上にウイルスにも弱く、空気と水が美しい場所でしか育たないことから、現在では絶滅危惧種になっているのです。
「紫草を育み、保護することが、ひいてはこの地の継続に繋がるのでは。」そうして前川氏が立ち上げたのが、「紫草」の根である「紫根」配合コスメ、「MURASAKIno」だったのです。

後編に続く
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